121 THE END OF EVANGELION―僕という記号

THE END OF EVANGELION―僕という記号

THE END OF EVANGELION―僕という記号

黒い紙面に漆黒の文字。
構成 野火ノビタ
エヴァンゲリオン」の文字を見かけない日は無かったアノ時期。
当然のように同人誌は「エヴァ」一色だった。
コミケというものに初めて行ったのは、そんな時期の直前だった。
飛行少年ズ (Ohta comics)』を読んで「月光盗賊」を知り、そして同人誌を買った。
もちろん「エヴァ」の同人誌。
大人は判ってくれない』と書かれたその同人誌は漫画ではなく、
文字だらけの「新世紀エヴァンゲリオン論」だった。*1


おもしろかった。
そう、おもしろかったのだ。
当時アニメ誌に載っていたプロの文章より遥かに。
それは、わたしが稚拙だったからなのかもしれない。
よりわかりやすい文章を好んだせいかもしれない。
しかし、当時のわたしには十分だったのだ。
その後、コミケに行けば「月光盗賊」で買い物をするようになった。*2


その野火ノビタが関わったいう書籍。
この詩篇新世紀エヴァンゲリオン」は、作中のセリフを編集し別の解釈・可能性を我々に示唆してくれた。


少なくとも、「新世紀エヴァンゲリオン」に関する限り野火ノビタは正しいと思う。

*1:

大人は判ってくれない―野火ノビタ批評集成

大人は判ってくれない―野火ノビタ批評集成

に収録されています。

*2:当時の作品は榎本ナリコ+野火ノビタ 1 (アクションコミックス)に収録されていますので、興味ある方はどうぞ。